バスティード

「バスティード」bastide とは中世に出現した一群の都市集落の総称であり、一定の共通した成立事情や形態的特徴を有する歴史的な都市類型である。実例は南西フランスを中心に300以上確認されており、中心に広場を備えた明瞭な直交グリッド状の都市プランが多く見られるなど中世の新都市として特異なグループを形成している。

バスティードについてはフランス中世史研究において20世紀以降に言及が増え、語としては13世紀半ばからおよそ100年の期間に建設された都市群のうち、特に世俗の権力者が新設したものを指すと理解されるようになっている。時代背景としては英仏の対立や地域的な権力再編といった政治的な動向に加えて農業生産力の向上によって都市間の経済活動が活発化したなどの事情があり、新都市建設の動機としては地域の統治拠点や領域支配の布石とすることを目論む政治的なものと、商活動による税収益や植民を見越した経済的なものが想定されている。さらに厳密に、該当地域の統治に関与する王・諸侯・教会などと交わされた領主間契約(パレアージュ)、都市住民の自治などを保証する特許状(フランシーズ文書)や慣習法(クチューム)を備えたものをバスティードとする見方もあるが、実情の把握が進むにつれ、そうした典型的なバスティードは多くはないということも分かってきている。

我々が関心を抱いたのは、まずバスティードの都市プランがいくつかの明瞭な類型から成っているという点であった。中でも特有の形態として顕著なのは井桁状のグリッドプランで中心の一区画を方形広場としたものである。こうした広場の多くは教会前広場とも世俗権力による象徴的な広場空間とも異なるもので、商活動や自治といったバスティード住民の生活に密接に関わっていることが想像された。また広場の四周が連続する美しいアーチをもつアーケード空間となっている都市も多いが、これを形成している建築は基本的には個別の住宅などで公的な建築ではなく、必ずしも一体に建設されたものではない。このようにバスティードにおける公と私の領域の関係は一筋縄には理解できないものであり、また単純なプランと裏腹に、こうした建築物と都市空間が生み出す都市の経験は多様で豊かである。

本研究室で「バスティード研究会」を立ち上げた2005年の時点では、こうした関心に応えるような具体的な都市空間を検討の対象とした調査研究の情報は多くはなく、バスティードの都市史・建築史的な研究自体も蓄積が厚いとはいえない状況であることが徐々に分かってきた。このため、研究会では西洋史の専門家や現地研究者の協力を仰ぎながら文献研究を行うことに加え、その実態を包括的に把握するべく三度にわたる現地調査を実施した。現地調査では通算で27の都市を訪問、文献収集や都市スケールの調査を行ったほか、代表的な数都市を選んで建築物の詳細な実測調査を実施した。

こうした活動の直接の成果は参加学生の学位論文などとして発表されたほか、2009年の書籍『バスティード フランス中世新都市と建築』の刊行に結実している。同書ではそれぞれの分野を専門とする者がバスティードの歴史的文脈や具体的な都市・建築の姿について執筆、さらに確認されている都市の一覧、史料の翻訳や関連文献リストなどを集約し充実した成果物となった。これをもって本プロジェクトは区切りを迎えたが、前記の成果はバスティードを含む中世の計画都市になお豊かな鉱脈が眠っていることを教えるものであり、様々な発展の可能性が開かれている。

なお本プロジェクトは、平成16年度科学研究費基盤研究C(「南西フランス中世計画都市の成立過程に関する研究」)、平成18–20年度科学研究費補助金基盤研究A(「都市イデア生成と変容に関する空間論的研究」)の助成を得て遂行され、とりわけ三度の訪仏の際にはフランスはヴィルフランシュ=ド=ルエルグのバスティード研究所(Centre d’étude des bastides)をはじめ現地の多くの協力者の協力を仰いだ。

主な活動

  • 2004年 9月17–25日 第1回現地調査(概要調査として17都市を訪問)
  • 2005年 バスティード研究会発足、以後資料収集や定例の研究発表会などを実施
  • 2005年 9月12–26日 第2回現地調査(3都市に限定し住宅の実測調査などを実施)
  • 2006年 9月13–23日 第3回現地調査(前回の補足調査および未訪問の10バスティードについて都市レベルの調査)
  • 2009年 書籍『バスティード』刊行

成果

書籍

  • 伊藤毅編『バスティード フランス中世新都市と建築』中央公論美術出版 2009年 ISBN 978-4-8055-0598-4

参加メンバーによる関連業績

  • 伊藤毅「中世新都市バスティードをめぐって」(『年報 都市史研究』14, 2006年, pp. 75–85)
  • 加藤玄「中世後期南西フランスにおけるバスティドの創設–13世紀後半から14世紀初頭のアジュネ地方を中心に–」(『地中海学研究』XXIV, 2001年, pp. 29–46)
  • 加藤「「都市」と「農村」のはざまで–中世南フランス都市史研究の一動向–」(『年報 都市史研究』14, 2006年, pp. 132–146)
  • 加藤「バスティド研究センターの活動」(『地中海学会月報』295, 2006年, p. 5)
  • 加藤「バスティドをめぐる紛争–中世南フランス史へのアプローチ」(『歴史と地理–世界史の研究』213, 2007年, pp. 53–56)
  • 曽根秀晶「せめぎ合いの都市–中世新都市バスティードにおける類型学的研究–」(東京大学工学部卒業論文 2004年)
  • 畑中昌子「都市の足跡–バスティード住宅に刻まれた時間と空間の軌跡–」(東京大学工学部卒業論文 2006年)
  • 横張誠「フランス中世の計画都市「バスティード」」(『居住の近代性に関する学際的研究(東京大学大学院工学系研究科)』2006年, pp. 239–262)

参加メンバー

所属は参加時点、特記なき場合は東京大学・伊藤研究室。

  • 伊藤毅
  • 横張誠(一橋大学大学院経済学研究科)
  • 加藤玄(日本女子大学文学部)
  • 工藤晶人(大阪大学大学院人間科学研究科)
  • 坂野正則(東京大学大学院人文社会系研究科)
  • 東辻賢治郎
  • 江下以知子
  • 曽根秀晶
  • 畑中昌子
  • 日塔友理子
  • 丁周磨