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伊藤スタジオ2012

「東京の区役所—東京の infr@rchitecture その4」

趣旨

  1. 「区役所」は地域の行政や区民サービスの拠点として、近代的な行政区の成立とともに誕生したビルディングタイプであるが、いまその存在意義が問われている。区役所は本来、地域のさまざまな意味でのインフラ的存在であるべき施設であるにもかかわらず、地域の中核としての役割を果たしているとはとても思えない。このスタジオでは一連の東京のインフラーキテクチャー[1] のスタディのひとつとして「東京の区役所」を取り上げ、都市的文脈からその過去・現在・未来を再考する。
  2. 区役所の直接的な源流は江戸時代の「町会所」あるいは町人地全体を統括する「町奉行所」に求められるが、近代に入ってからは東京府における大区小区制、東京市15区、東京市35区、そして現行の東京都23区というように区の再編のなかで、特定の場所が選ばれ更新されてきた。本スタジオでは過去から現在に至る東京の各区役所の都市的立地特性の変遷、建築的構成、機能的変化などの歴史的経緯をきちんとおさえたうえで、区役所がもつ問題点を都市建築史的観点から浮かび上がらせる。
  3. 最終的には旧来的な区役所に代わる地域のインフラ[2] となりうるような「場」の創出を提案する。

Notes:

  1. 「インフラーキテクチャー」について
    「都市インフラ論」の拡充・深化を目指すサーベイ型歴史スタジオの第4回目。第1回目は「水と記憶」というテーマで東京の水を再考した。第2回目は「空地の類型学」で、空地を単なるスキマではなく、広く都市のインフラと捉え直し、都市の基盤となる建築的デバイス(infr@rchitecture)の提案を試みた。第3回目は「小規模場所論」をテーマにした。都市の諸活動・居住の単位となる社会集団の存在に呼応する場所であり、認識可能な程度の大きさ(小ささ)と具体的なイメージをもつ場所を「小規模場所」と定義し、この小さな場所こそが都市の基底的かつ分節的なインフラストラクチャーとして捉え直した。(伊藤研HP参照:伊藤スタジオ2010同2011)。
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  2. 「都市インフラ論」について
    「都市イデア論」と対になる概念。都市インフラは通常の国家ないし地方自治体などの公的機関が公共事業によって整備する物的な基幹施設や社会資本、エネルギーや水・食料などのライフラインのことを指す。19世紀に成立する近代国家はこうした社会資本を整備することによって公共的役割を果たし、その存在意義を示してきたといえる。一方、インフラの社会資本としての側面は近年経済学を中心に急速に概念の拡大・深化が行われ、狭義の土木的インフラやエネルギーはもとより水や緑などのコモンズ、社会を円滑に稼働させる制度や教育・文化までが社会資本概念に包摂されるようになった。ここではこうした社会資本論にも学びながら、都市建築史的・学際的観点から都市インフラ概念のさらなる豊富化を目指す。そして建築-土木-都市を貫く都市の基盤的な存在全体を「都市インフラ」と総称することにし、ごく普通の人々が住む身近な住宅地の風景から、道路・鉄道・エネルギーを経て、都市にいたる建築的なデバイス(=infr@rchitecture)を再発見・再創造していこうとするものである(吉田伸之・伊藤毅編『伝統都市』「1. イデア」、「3. インフラ」東京大学出版会、2010年参照)。
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指導担当

伊藤毅(教授)、初田香成(助教)、東辻賢治郎(伊藤研)、髙橋元貴(T.A.),宮脇哲司(T.A.)・小島見和(T.A.)

共同スタディ:区役所を巡る諸文脈

「区役所」成立史の理解(現23区に至る区制史・区役所の建築史・立地の変遷等の基礎情報を網羅する)を基に、さらに区政・地勢・統計事項などから各区・各区役所の特質を把握し設計の主題を発見する。

共同スタディ成果1(区界の変遷および区役所の立地変化を1:50000陰影段彩図上に表したもの 841mm×841mm

共同スタディ成果1(区界の変遷および区役所の立地変化を1:50000陰影段彩図上に表したもの 841mm×841mm

共同スタディ成果2(中間講評配布用冊子 A4, 26p)

最終講評会の様子

学生作品と寸評

図版はプレゼンテーションの抜粋、寸評はスタジオ指導陣によるもの。

« 祝祭回廊 »

寸評
千住大橋のたもと、隅田川に近接する地域に都市=「あらかわ」のアジール性を見出し、区役所の役割を本源的に問い直した作品。区の歴史・文化を伝える施設と地域をめぐる歩道橋を、フィールドの細やかな観察により具体的な場に即して設計した。都市の祝祭を描いたパースは、歩道橋によって寺社の境内や小規模な木造住宅群といった歴史的な位相が切り取られる姿を魅力的に表現している。都市領域的な観点からの独特の発想と都市的装置=インフラとして作品を提案しようとした着眼点は抜きんでており、スタジオ本来の趣旨をよく理解したものである。ただ、こうしたメタな思考を設計に落としこんでいくロジックや、建築の具体的な空間そのものの造形に十分な時間を割けなかった点が惜しまれる。

« TOKYO GRAVE »

寸評
区役所におけるソフトウェアの優位性を指摘し、文書保管機能に特化した23区合同アーカイブを提案する。現状の区役所、ひいては区そのものに対して批評性の強い挑戦的な作品である。一見突飛な提案のように見えるが、実際には綿密なリサーチと段階的な思考プロセスから導きだされた案である。区役所の本質がアーカイブであると言い切った点を高く評価したい。ただし最終成果は案外淡泊であり、リサーチから最終案にいたる導出過程がさらに丁寧に描き出せれば共感を得やすかっただろう。ある種隔絶された場所に歴史を埋蔵するという構想は本スタジオのもつ趣旨に対して本質的かつ魅力的であったがゆえに、そのような案だからこそ空間の細部までの設計が求められるはずで、その点にもう一歩踏み込めなかったことが悔やまれる。

« みなとのオアシス »

寸評
区内でさらに分権化の進む港区においてなお、区を象徴するべき区役所をつくるべきだという提言。昨今の総合支所制度の拡充による区内の分権化の根を、港区成立時の三区統合の経緯に見出し、区に内在する乖離性を炙りだした。そのうえで、いっそう加速する分権化のなかで区役所のあり方を直接対話の場に求め、新たな区役所像を提案したことは高く評価される。リサーチ・問題設定から細部の設計まで、一連の完成度が高いことも好感が持てる。一方で、具体的な業務を削ぎ落したことにより、区役所で日々執り行われる具体的な活動が捨象されてしまった感は否めない。「対話」という機能をより広義にとらえ、その意義や詳細を区という単位のなかで再検討し、敷地や空間へ落とし込むことができればよりよい提案となったであろう。

« 序章—区役所再開発— »

寸評
区の歴史的な課題を発見し、現時点の区有資産を区の権能で活用することにより将来的な解決を与えようとする。結論へ至る粘り強いリサーチと論理の構築、そして領域としての区の課題に対し、建築的発想を生かした大胆な所作を連ねることで応答しようとするアプローチが特徴的である。とりわけ主たる設計対象となった現庁舎の「床を大地へ還す」という建築的介入は、都市=土地=建築という三者の自明性に再考を促す鋭い視角を示したものであったが、これを単なる思いつきの案ではなく現実的な改築案として具体化し、最終的に迫力ある表現を与えた力量が高く評価できる。介入の対象とした三つの敷地の関係やストーリーの全体像、そして個々のデザインの細部にはいずれもやや曖昧なところを残す感があるが、自分の着想を大切にし、見たことのない空間を描き出した建築的構想力はそれらを補って余るものがあった。

« City Frame »

寸評
区庁舎の本質を職場での日常の記録と捉え、そこから逆算するように減築、機能の水平的展開、書庫の増築といった提案を導き出した。論理とプラニングの関係は明晰で、本スタジオの課題に正面から向き合った粘り強い思考の成果として高く評価できる。また平面図や断面図、パースもしっかり作り込まれ、総合的な完成度の高い作品である。ただ文書の流れやその増加に対応しようとする本作品は、本来きわめて動的なシステムの提案だったはずだが、スタティックな印象のある設計は作品がもつ魅力が十分に表現しきれていない嫌いもある。タイトルにもなっている「city frame」のイメージがあまり明確ではないため、可変的な空間やプログラムと結びつけて提案できればより統合された印象を与えることができたのではないか。

« 豊島の“へそ”の物語り »

寸評
豊島区の新区役所の建設にともない、役割を失った旧区役所敷地の将来のありかたを提案した作品。戦前から役場が立地し、戦後復興期にシビックセンターとして区画された旧豊島区役所の土地に、地域形成の歴史における「中心」を読み取ったリサーチは秀逸であった。そして、土地そのものに宿る歴史性を梃子に、街区をまたぐ矩形の広場と一群の建築を設計した。独特のスケールの広場は池袋に見られなかった景観を生み出している。リサーチから設計への論理構築がスムースであっただけに、広場をかたどる「図」である建築の魅力が足りないことが惜しまれる。